分かりやすいという罠ー「抽象のはしご」から考える

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「抽象のはしご」という概念がある。 大学の授業で昔やっただけだから、あまり覚えていないのだけれど、少し調べてみると「サミュエル・I・ハヤカワ」という方の残した概念らしい。

「抽象のはしご」とは

例えば、ベッシーという牛がいたとする。このベッシーを表現するときに、抽象度を一つあげると「牛」となる。このとき、この牛の名前や特徴は削ぎ落とされ、ただの「牛」になる。

次に「牛」を「家畜」と表現する。これまた一つ抽象度が上がる。すると、牛は牛自体の特徴ではなく、牛肉や牛乳などを生産する「家畜」になる。「家畜」だけで考えれば、豚も鶏も家畜なので、もはや「牛」という特徴が削ぎ落とされている。これを更に高次に抽象化すると「冨」と考えられて、そのときはベッシーはもう資産の一つであって、名前のある牝牛ではない。

「抽象のはしご」によれば、物事は具体化、抽象化の1軸で考えたときに、抽象度を上げれば上げるほど、その物事が持つ特徴を削ぎ落としていく。

「分かりやすい」が溢れている

なんでこんな話を急にし始めたかというと、ふと世の中「分かりやすい」ことに頼りすぎなんじゃないかと思ったのだ。 本屋にいけば、4年間で大学で学ぶ◯◯がわかる本があり、漫画でわかる◯◯があり、1冊でわかる◯◯がある。ビジネス書は、理解しやすいように、メッセージは全て太字になっていて、1冊には1つしかコアメッセージがない。ほとんどは具体例であり、読むべき内容はだいたい目次に書いてある。

このブログもそうだけれど、素人が30分で書いたようなインスタントな文章やコンテンツが山のようにあふれる時代に、「理解するのに時間がかからない」ことは非常に価値があることだと思われている。わかりやすく話せる人は「頭が良い人」だと認識されているし、短く簡潔に要点をまとめることが求められている。

「分かりやすさ」は特徴を落としている?

けれど、「抽象のはしご」の考え方によれば、大抵の場合「分かりやすい」ということは何か特徴を削ぎ落としていることなんじゃないだろうか。正確には抽象度を高める=分かりやすいでは、必ずしもないのだけれど。

例えば、組織論ではよく「モデル」を用いる。これは非常にシンプルで、汎用性の高い、組織の理解の仕方だ。 だけど、そこには働いている人それぞれの名前は出てこないし、どんな部署があるのかも、個別具体的にはどんな仕事をしているのかも分からない。 こういうことを全部理解するには、世の中はあまりにも複雑だからこそ、「わかりやすさ」が求められているのかもしれない。

一方で、この「わかりやすさ」を追い求めることで、落ちている特徴があることは絶対に忘れてはならないと思う。

ぼくらは現実の複雑性を認識している

最後に一つ、面白い例がある。 映像教育が初めて流行りだしたころ、映像教育は教室の代替として機能するとみんなが叫んでいた。物理的な教室という制約がなくなれば、いつでもどこでも勉強ができる。しかも教師という制約もなくなるので、「スター教師」の授業が誰でも見れるようになる。

しかし、結論から言えばこれはなかなか上手くいかなかった。もちろん某予備校のような、受験という社会的な枠組みを利用した場合は別である。結局のところ、誰も1時間の動画を見ていられなかったのだ。

これには人間の集中力的な話以外にも、もう一つ理由があって、それは得られる情報量が少なかったから、というものだった。正確な出典は覚えていないので、エセ科学的に興味を持ってもらえればそれでいいのだけれど、ぼくらは対面で会話をするときに思っている以上に多くの情報をやり取りしている。

例えば、母親が怒り始める瞬間が何となく分かるように、言葉では説明できない微細な具体的な変化をぼくらは普段認知している。これが本来教室で行われていた対人コミュニケーションで、これが損なわれたことで、映像教育はなかなか上手くいかなかったのだ。

映像教育の是非はさておき、ここからわかるのは、「ぼくらは思っている以上に複雑な現実を認識している」のだということだ。そしてそれを「認知の領域では理解できていない」ということも重要だと思う。

どうしても情報量が多いし、複雑なことが多いから、シンプルで分かりやすいものを好んでしまう。だけれど、ときには足を止めて、複雑でややこしいものについてじっくり考えることも重要かもしれない。

今日はなんだか考え込んでしまったので、一気に書き抜きました。 最後に、この文章を書く前につぶやいていた内容をここに引用しておきます。

ちなみにこの一連のツイートを見た後輩から、「「わかりやすさ」の罠」という本があるとリプライが来ました。図らずもぱくりみたいになってしまった・・・・・・。

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

※抽象のはしごについては、こちらを改めてご参照ください

www.keiomcc.net