大学時代を振り返りながら、「大学の意味」を改めて考えてみた

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こんばんは、駆け出し眼鏡です。 今日たまたま母校の大学に顔を出したらオープンキャンパスをやってたので、せっかくなので大学について書いてみようと思います。 というわけで、卒業して2年経って、改めて大学に行く意味を考えてみます。

大学のデータベースは最強すぎる

まずとにかく今現役大学生の人は今日から、これからなる人は初日から。大学の論文データベースを使い倒しましょう。学術論文というのは、難しい感じがしますが、世界の最先端の情報が読める最強の情報源です。

でもこの論文。大学時代は特に意識してないかもしれませんが、卒業するとほとんどのものが有料になります。大学は高い費用を出して、論文データベースの利用権を買っているので、学生はほとんどの論文を無料で読めますが、卒業してしまうとGoogleScholarに掲載されている一部の論文以外は、なかなか読めなくなってしまうのです。

大学の最大の価値はここにあるといっても、正直過言ではないと思います。大学に入ったら、一本でも多く論文を読み、また見つけた論文をひたすらEvernoteなどに保存して、今後も利用できる形で保存しておくといいです。ぼくは大体1000本ほどストックしてありますが、今でも仕事で使うことがよくあります。

また論文には「質が良い論文」があります。そうじゃない論文はいくら読んでも無駄だったりするので、その辺りは教授を使い倒して、質の高い学術誌を聞いたりしながら集めていくといいと思います。

簡単にですが、以前論文の集め方をまとめたので参考にしてください。

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アカデミアの最高峰の人に会える

もう一つ。これは割と当たり前のことですが、大学の教授陣はアカデミアの最高峰の人たちです。まあ正直ピンきりな面はありますが、何かしらの分野で学術的な成果をあげたから大学教授になっています。

この人たちに会わないのは超損です。大学生なら大体会ってくれるので、地位を利用してでもぜひいろいろな人に会っておきましょう。特に自分の興味のある研究分野が定まっていれば、論文を読み漁り、その著者に連絡をとったり。学会に行って面白そうな発表をしている教授にアポをとってみたりしてみてください。

ぼくの場合は、教育工学でオープンエデュケーションの権威であった飯吉教授に大学2年生のときにアポをとりお会いしましたが、快諾してくださいました。そこからなんだかんだで卒業まで毎年お会いして、卒論の進捗や進路の相談をさせてもらいましたが、大学生でなければできなかったことだろうと思います。

志の近い仲間に出会える

最後に、これもありきたりな話ではありますが、大学で真面目に研究をやっていると、一部高い志を持って勉強をしている人と必然的に出会えます。例えばゼミだったり、クラスメイトだったり、いろいろな形があると思いますが、関心分野が近い仲間ができるのは本当に貴重だと思います。

ぼくの場合は、Twitterで有名なDaiとクラスメイトで、二人で教育学オタクのようなことをしていました。若干関心領域は違うものの、二人とも教育学という共通の分野を専攻していたので、情報交換をしながらよく勉強をしていました。今でも定期的に会って教育の話をしますが、彼含め、大学時代にこういう友人ができたことは、それだけで大学に通う意味があったなと感じています。

飲み会や合コン、サークル活動など、所謂「大学生」的な生活を全面否定するわけではありませんが、大学という場所に通うからには、ぜひアカデミアとしての経験もしてもらえるといいかなと思います。

簡単にですが、大学時代を振返りながら、大学に通った意味を考えてみました。 今大学生の方や大学進学を考えている人、もしくは大学入試を控えたお子さんがいる方などの参考になれば嬉しいです。 それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。